新フットサル初心者の上達ノート

35歳過ぎて本格的にフットサルを始めた初心者が思ったこと

2016年11月

ピアノとフットサルの上達法を考える

■記事を重ねるだけではアクセスアップしないことが分かった

気が付いたら記事数が100個(前の記事を削ったりしたけど)になってたので、一旦ブログを休んだ。ちょっと書きたいことや今後何をするのかが分からなくなったというのもある。ブログのアクセスを上げるにはみたいな本などではとりあえず100記事を目指そうというのがあって、とりあえず書いてはみたものの意外とアクセスアップしないなー、という気もしないでもない。でも宣伝しないし、ちゃんと狙っては書いてない日記のようなもんなのでこんなもんかという感じだ。というか、私はアクセスアップしたかったんかい。

ということで101個目の記事。よく考えたらそもそもブログに書きたいことも別にないなーと思ったので、とりあえず書きたいことを書く。と思ったけど何を目的としてたかは思い出した。自分がフットサルが下手で、少し意識を変えただけで上手くいったことがあったので、その時どんなことを思ってたのか残しておこうということだった。そういえばそうだったけど、別にそれにとらわれなくてもいいやというのが今の気分。

■ピアノの上達法

ということで突然だが、私はピアノが好きだ。子供の頃やらされてて嫌になって辞めたけど、逆に今少し練習するようになった。なぜまたピアノを再開したのかはyoutubeであるピアノ奏者を見たからだ。これが異常にカッコよく、また美しく、それでこれをやりたいと思った。でも実際弾こうとしてみると、全然出来ない。難易度が難しすぎるのだ。それでまた辞めた。

でも、またyoutubeを見るとやはり弾きたくなる。でも、技術的に出来なくて嫌になって辞める。この繰り返しだ。この辞める時どういう感情かというと、自分でやらなくも良いのではないか(他の人がやってくれるし)という感情と、理想のイメージと自分の出来なさに辟易する自分という感情で、辞める。

ここからまた始めて今は続いてるのだが、理由は自分でも出来そうなレベルのカッコいいと思う動画に出会ったことだ。これがデカかった。それを一曲一応通してみようとして、弾けるようになったのも大きい。一曲通して弾けるようになったのが自信になった。結局、自己啓発本や勉強法でよくあるような、「薄い問題集でもいいから何か一つやり遂げる」「自分のレベルに合わせたものをやる」というようなことが実感できた。こういうのは実感しないと自分がどのような感情になるかが分からない。

もう一つ重要なことがあって、自分で弾けるようになるということは楽しいということだ。これはやってみても暫くは分からない。たぶん、自分が納得できるレベルまで出来るようにならないと、自分でやる楽しさは見いだせない。この納得できるレベルが低ければ導入は簡単だろうし、納得できるレベルが高ければ、理想と現実のギャップで挫折するかもしれない。納得できるレベルというのはある意味理想の自分とも言えるかもしれない。

■ピアノとフットサルの共通点は規則性と自由性と表現力

フットサルでもそうだ。結局、やるのはまず自分のレベルにあったことをやらなければいけない。そして、自分が出来たと思える納得できるレベルにあることで、自分でやること・出来たことの楽しさを認識して、そうやって続けるだろう。

まあ、勿論前提にはピアノやフットサルなどやることが自分の感覚にあっているというのがある。結局、好きだけど続けられないこともあるから、その続け方という話かもしれない。世の中は勉強など嫌なことを続けるための方法論に溢れているが、そもそも好きなことすら中々続けることは難しいと思う。好きだけど中々続かないということもある。

ピアノというか音楽とフットサルという自分が好きなことということで、共通点を考えてみたのだが、ある程度の規則性と自由性のバランス、あとは表現力なのかもしれない。音楽は一応楽譜があって、その通りに演奏するというのもあるが、アドリブで演奏するジャズのようなジャンルもある。でもアドリブを入れるためには、ある程度の和音やコードやリズム感があった方が上手くいく気がする。この辺が和音、コード、リズムという規則性があるけど、それを崩す自由性かあるということだろうか。

あと、ピアノは一曲取り合えず弾き通せるようになってからが真骨頂で、そこからテンポや強弱などの変化により表現できオリジナリティが出てくる。それが、自由性であり表現力だと思う。フットサルもパスを真っ直ぐ出すとかドリブルを思った所に運びたいとか、攻撃でも守備でもある程度は規則性を持つ部分もあるが、そこからパスをどういうタイミングで出すかとか、フェイントをどのように使うかなどは自由性や表現力だと思うのだ。

フットサルでは自分のレベルに合っているかというのがよく分からないでやっている。あと、自分でも出来るレベルでカッコいいと思う人が中々いないっていうのもある。これやってみようかと思うこともあるが、実際ゲームに入ると忘れてしまう。なので練習というか自分一人でやる時間が必要なのかもしれないと思う。

【ゲーム中に考えること】何をやればいいのか分からなくなってきたので、一旦やることを整理する

この前の大会で一回全力を出しきった感で、一回成長出来た感を味わったら、その後何をやればいいのか少し分からなくなってきた。色々思い付いてしまって、色々やりたくなって何をすれば良いか分からなくなった部分もある。こういう時はもう一度基本に立ち返ってやることを絞ることだ。

【攻撃】
①ボールを受ける時
ボールを次に蹴りやすい場所に止める

②ボールを持ってる時
・「左にいる時」
縦縦横(右足アウトサイド)
→ターン(敵の逆方向から)
・「右にいる時」
縦縦横(右足裏)
→ターン(敵の逆方向から)

・基本的にボールは真下に置く

③ボールを離す時
ノールックでやる

【守備】
①抜かれないようにして、敵にゼロ距離になるまで近づく

【全体的】
・立ち姿を真っ直ぐに、でも膝は緩く保つ
・腕は曲げたままを保つ
・移動はサイドステップとバックステップで

ちょっとの間に色々やりたくなって、やることが増えたな。全然やることが絞れてない、何てこったい。これを意識してやっていって、段々と無意識でも出来るようになっていく。いくつか無意識でも出来るようになってきたから、実際には意識することは絞れてるはずだ。なので意識してやることも増やしていって負荷をかけた方が成長が早いと思う。

守備は比較的無意識に出来るようになってきた。攻撃は、③ボールを離す時のノールックはまあまあ意識しないでも出来るようになってきた。ボールを保持してる時は、左側にいるときのカットインは自然と出来るようになってきたけど、右側にいる時はあんまり出来てない。ターンもまだ出来ていない。①ボールを受ける時は次に蹴りやすい場所にはあまり意識が出来てないので、明日はこれを意識してやりたい。

初心者向けとうたってても上手い人が来るのは普通のことから考える

まあまた最近、上手くなるにはどうしたらよいかってことを考えすぎて、楽しむことを忘れないようにしないとなって改めて思います。

楽しむといえば思うことがあるのですが、上手い人が初心者の個サルやスクールに来たりするのですが、楽しいのだろうかと思う時があります。確かに下手な人達の中にまざると自分の中の余裕あるプレーが出て楽しいこともあります。

でも、そういうことだから自分より低いレベルの大会に出たり、個サルに行ったりするのでしょうか。そうなのかはよく分かりません。どうなんだろう。逆にレベルが低すぎてつまらないと思うこともあると思うのですが。前に上手い人に聞いたことがあるのが、時間が合ったらレベルとか見ないで行くという人がいたのであんまり考えてないのかも。

自分では、上手い人の中に混ざっても自分のプレーは何一つ上手くいかないからつまらん、と思うことはあって、だったら手っ取り早く楽しむためにはレベルが低い個サルに参加することなのかとも思いましたが、うーん、なんか違う気もします。

私は上手い人が参加しているだけで気が引けてしまうので、初心者とうたってる個サルやスクールには上手い人は参加しないで欲しいと思うのが本音です。もちろん周りの初心者に合わせてくれたら歓迎です。逆に自分も上手い人だと思われてたらどうしようと思って、自分より低そうなレベルの時はかなり気を使ってプレーします。でも周りの上手い人はそんなに合わせなかったりします。初心者や超初心者がいようが周りに合わせず、全力プレーをやる人がいます。

上級者の人が周りに合わせられないのは論外だと思います。上級者は出来れば初心者に合わせるか、レベルが高い個サルの方に行っていただきたい。

で、上級者ではなく初心者がもっと下手な人がいるのに合わせられない場合があります。初心者が周りに合わせられない理由には2つあって、自分のレベル調節が出来ないという技術的な問題が1つと、テレビや本の影響などを受けてか本気でやらないといけないと思ってたりする精神的な問題が1つあります。

この初心者なんだけど本気でやる人達をどうすればいいのだろうかということは初心者スクールや個サルの課題でしょうか。技術も手加減の仕方を教えないといけないのかもしれません。

以下の記事を書いてみました!
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